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セミたちと温暖化

日高敏隆/著

572円(税込)

発売日:2009/12/24

  • 文庫

追悼・日高敏隆。日本ではじめて動物行動学という研究分野を打ち立てた巨星は、エッセイの達人でもあった。

東京では珍しかったクマゼミの声を、最近よく聞くようになった。虫好きは喜ぶが、ことはそう単純ではない。気温で季節を数える虫たちが、温暖化で早く成長する。しかし日の長さで春を知る鳥たちは、子育て時期を変えられない。餌が少なくて親鳥は大ピンチ。ひたひたと迫る温暖化の波に、生き物たちはどういう影響を蒙っているのか? 自然を見つめる優しい目から生れた人気エッセイ。

目次
動物たちの自意識
秋の落葉とカブトムシ
チビシデムシ
松枯れの虫と性フェロモン
春の思い
ある生物画家
常識と当惑
セミたちと温暖化
夕焼け小焼けの赤とんぼ
人は実物が見えるか?
野生の健康
雪虫
気になることば
腸の生物多様性
雑食の動物
里山物語
カラス対策
似たような白い蝶なのに……
田んぼの畦のふしぎな虫たち
オリンピックと公衆電話
秋の鳴く虫
牛と馬
鳥たち
バタフライガーデン
カモノハシをめぐる物語
北国の花たち
シジミチョウたち
春の蝉
トルコという国
二重保証
野生生物映像祭
ウルムチとカレーズ
水と農業
概年時計
鶴岡にて
冬を越す
立春という言葉に思う
自然とどう折り合うか
葵とアオイ
春の数えかたの食いちがい?
総合とは何か
肉食の思想
京都洛北のクマゼミたち
森と林
フィードバック
国連IPCCの報告書
カエルたち
またクマゼミのこと
文系・理系
森林の国 日本
イリオモテヤマネコの「日常」を見たい
「なぜ?」に答える
「なぜ?」の「なぜ?」
春を探して
楠若葉
アゲハチョウのプログラム
あとがき
文庫版あとがき
解説 村上陽一郎

書誌情報

読み仮名 セミタチトオンダンカ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫
判型 新潮文庫
頁数 320ページ
ISBN 978-4-10-116474-8
C-CODE 0195
整理番号 ひ-21-4
ジャンル エッセー・随筆、生物・バイオテクノロジー
定価 572円

書評

追悼 日高敏隆先生

羽田節子

「猫の目草」の連載が途切れるようになってからは、「波」が届くたびに、今月は載っていますようにと祈るような気持でページを繰ったものだった。そんな期待も今はもうかなわない……。
 日高先生より二〇歳も若いある友人が、先生の訃報に接したとき、「あー、私たちの時代が終わった」、としみじみ淋しさを感じたという。「日高さんは動物行動学が花開いた時代の星だった」と。先生がローレンツの『ソロモンの指環』(早川書房)を日本に紹介して始まった一九七〇年代、八〇年代の昂揚した時代の同志たちの、それが偽らない思いなのであろう。
 じつは、これよりはるか昔の一九五〇年代、日本では動物学といえばまだ生理学一辺倒で、ようやく生態学が紹介され始めたばかりの時代に、すでに先生は、ティンベルヘンの『動物のことば』(みすず書房)の訳者に名を連ねている。オランダ名ティンベルヘンは後にローレンツといっしょにノーベル賞を受賞するティンバーゲンで、実験と観察を通して動物の行動を解析していく手法を根付かせた行動学者である。当時日高先生は、アゲハチョウの蛹の色と休眠にたいするホルモンの作用を研究されていたが、蛹の色が保護色として役立っているかどうかを検証するために、夏の芝生と秋の芝生に茶色と緑の蛹を置いて、ニワトリに食べさせる実験をされている。今なら驚くにあたらないこうした実験も、当時にあってはたいへん新鮮で、動物行動学の時代の幕開けを予感させるものに私には思われた。
 動物の行動を研究されてきた先生が一貫して発信したのは、人間中心のものの見方に異を唱えるスタンスである。こうした姿勢がまだまだ理解されない一九七〇年代に、西欧の人文主義の思考を変えなくては地球に未来はないと主張する鳥類学者リヴィングストンの『破壊の伝統』(講談社学術文庫)を訳されたのは、その思想におおいに共感されたからに違いない。
 動物にたいするちょっとした上から目線もお嫌いだった。あるとき、私が訳すことになった無脊椎動物の運動に関する本のタイトルが「Lower Animals」、文字どおり訳すと「下等動物」。そのことをお話すると、昆虫が大好きで、チョウやハエをけっして下等だとは考えておられない先生は、すぐさま別の、「動くしくみ」というぴったりの表題を考えてくださった。懐かしい思い出である。
 それぞれの動物が世界をどう認識しているのかを理解せずにその行動を理解することはできない、と考えられる先生は、ユクスキュルの『生物から見た世界』を高く評価され、二〇〇五年に新訳を出された(岩波文庫)。先生がこの本にはじめて出会われたのは中学生のときだったという。動物が世界をどう見ているかを語ったユクスキュルの視点の重要性は、しかし長年理解されてこなかった。先生は晩年、人間をふくめた動物の主観的な認識をイリュージョンと名づけて、新しい認識論を展開された。アゲハチョウがなぜ同じ道を飛ぶのか、アゲハの気持になって考えていたあの日の少年は、今その動物観、自然観を普遍化して世に問うたのである。

 二〇〇八年春、先生と奥様とごいっしょに嵐山を訪れた折、京都の楠若葉の格別の美しさを私たちは口々に愛でた。その翌月の「猫の目草」は「楠若葉」だった。クスノキに含まれる樟脳の匂いとクスノキをめぐる虫たちの話がみずみずしい楠若葉から紡ぎ出されていた。
「猫の目草」からまとめられた三冊目の本、『セミたちと温暖化』が二〇〇六年八月号以降の「猫の目草」を加えて、今月新潮文庫の一冊に加わるという。たくさんの方に読まれ、うなずいていただけたら、先生はきっと喜ばれることだろう。

(はねだ・せつこ 翻訳家 動物行動学)
波 2010年1月号より

著者プロフィール

日高敏隆

ヒダカ・トシタカ

(1930-2009)東京生れ。東京大学理学部動物学科卒業。東京農工大学教授、京都大学教授、滋賀県立大学学長、総合地球環境学研究所所長などを歴任。京都大学名誉教授。動物行動学をいち早く日本に紹介し、日本動物行動学会を設立、初代会長。主な著書に『チョウはなぜ飛ぶか』『人間は遺伝か環境か?』『ネコはどうしてわがままか』『動物と人間の世界認識』『生きものの流儀』など。訳書に『利己的な遺伝子』『ソロモンの指環』『ファーブル植物記』などがある。2001(平成13)年『春の数えかた』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。

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