![]() | 24:13 銀座駅 |
いなかったことで、ほんのちょっと安心したけれど、同時に不安になった。 まあちゃんは、銀座であのクーラーバッグ持った男の人が降りるかどうかちゃんと見ててくれ、と言った。降りてこなかったら、お前が降りてこいって。あとは、俺にまかせろって、そう、まあちゃんは言った。 だから、銀座にはまあちゃんがいるはずなのだ。 でも──。 「2番線、お下がり下さい」とアナウンスが言った。「浅草行が参ります。黄色い線の内側まで下がってお待ち下さい。2番線に浅草行が参ります」 また、芽衣は銀座のホームを見渡した。 まあちゃんの姿はどこにもなかった。 クーラーバッグの男の人は、ちょっと離れたところで女の人と話をしていた。その脇に、スポーツマンタイプの男の人が立って2人を見ている。 あの2人は、誰なんだろう? まあちゃんから言われてきた人なんだろうか? そういう感じには見えなかった。まあちゃんがつき合っている人たちとは、ちょっと雰囲気が違っている。 ほんとのこと言うと、まあちゃんの知り合いには、あんまり好きな人がいなかった。そんなに頻繁じゃないけれど、まあちゃんはそういう知り合いを芽衣の部屋に連れてきたりする。 ちょっと怖い感じの人が多い。そうじゃなければ、なんとなくアブナイ雰囲気の人たちだ。連れてくるのは男の人ばっかりだった。 中には、芽衣を気持ち悪い目でジロジロ眺め回すようなのまでいた。 芽衣と沖崎刑事が立っている正面にも電車が到着した。 電車はホームに騒音を響かせながら、徐々にスピードを落とす。 まあちゃん……。 うそだよね、と芽衣はまた口の中でつぶやいた。 沖崎さんが言ったこと、嘘に決まってるよね。誘拐とか、そんなおっかないこと、まあちゃんがするわけないよね。 ホームの向かいに電車が停まった。 地下鉄の駅なんて、いくらでも見慣れているはずなのに、今日はぜんぜん違う場所に見えた。なんとなく、泣きたくなってきて、芽衣は両手で口を押さえた。 「彼は、どこだ?」と、横の沖崎さんが言って、芽衣はビクッと身体を震わせた。「あの電車から降りてくる中に、彼がいるんだな?」 え……? と、芽衣は自分の口を押さえたまま、向かいの電車を見つめた。 まあちゃんが……あの電車に? 「どれだ? 平岡さん、彼はどれだ?」 急かすように、沖崎さんが訊く。 電車から降りてくる人たちを見つめた。頭がなんだか真っ白になっている。 いない……と、芽衣は首を振った。 まあちゃんは、いない。 じゃあ、どこにいるの? 銀座で待ってるんじゃなかったの? でも、まあちゃんがいなければ、それが一番いい、と芽衣は思った。 いなければ沖崎さんに捕まってしまうこともない。それに、いなければ、誘拐なんて嘘っぱちになるんだ。 そう、いないほうがいい。 「…………」 ふと、電車の一番前のドアから降りてきた男に目がとまった。 男は、ゆっくりとした足取りでクーラーバッグの男の人のほうへ近づいていく。その男の顔に見覚えがあった。 「押田さん──」 思わず口に出た。 「え?」と、沖崎が芽衣のほうを振り返った。そして、芽衣の視線を辿るように向かいの電車に目を返した。 あれは、たしかに押田さんだ。 まあちゃんに連れられて、なんどか部屋にやってきた。まあちゃんは、あの人をすごく尊敬してるみたいだった。あの人と話すときは、まあちゃんはいつも緊張していた。 「押田さんって?」 と、沖崎が訊き返してきた。 芽衣は、あの人、と言うように指を押田さんのほうへ上げてみせた。 でも、どうして押田さんがここにいるんだろう? 沖崎さんは、〈彼〉があの電車に乗っているんだろうと、訊いた。その〈彼〉というのはまあちゃんのことだとばっかり思っていた。 だけど、あそこにいるのは押田さんだ。 「一緒に来てください」 と沖崎さんがつかんでいる芽衣の腕を引いた。 「え?」 引きずられるようにして、芽衣はそのままホームの中央へ連れて行かれた。そこには男の人が3人、怖い顔をして立っていた。刑事さんたちだ──と、芽衣は直感した。 「違います」と沖崎さんが、刑事の1人に向かって言った。「ホシは向こうです。押田という名前のようです。この人は、押田から兼田さんの監視を言いつけられていました。和則君は、この平岡さんのアパートで寝ているそうです」 その刑事さんは、押田さんのいるほうへ目をやりながらポツリとひとこと言った。 「和則君は無事に保護された」 え? と芽衣はその刑事さんを見返した。 いきなり、右のほうで大きな音がして、芽衣は驚いてそちらを振り返った。 「キャーッ!」 思わず叫びながら沖崎にしがみついた。 何が起こったのか、男の人が炎に包まれてもがいていた。真っ赤な炎を上げながら、男の人はホームの上を転がっている。 叫び声を上げたものの、そのあとは逆に声が出なくなった。 人間が燃えているのを見たのは初めてだった。 「沖崎、ここを頼む。お前たち2人は、そいつを救出しろ」 刑事さんたちが、そのかけ声で動き始めた。沖崎さんだけは芽衣にしがみつかれたまま、その場にとどまった。 なんだか怖くて仕方がなかった。 ここで起こっていることが、映画の1シーンのように思える。まるで、アクション映画の中にいきなり連れ込まれてしまったような感じだった。 さっき、刑事さんは「和則君は無事に保護された」と言っていた。 それはどういう意味なんだろう? 芽衣は、燃えながら転がっている男の人や、その火を消そうとしてジャケットを振り回している刑事さんたちを見つめながら思った。 和則君というのは、カズくんのことなんだろうか? 保護されたというのはどういう意味なんだろう。誘拐されていたのが助け出されたってことなんだろうか? じゃあ、やっぱりカズくんは、あのクーラーバッグの男の人の子供じゃなかったんじゃないだろうか。 まあちゃんは、ここにいない。押田さんがなんでいるのかはわからないけれど、でも、まあちゃんはいない。 和則君が無事に保護されたんだとしたら、それはカズくんのことじゃない。 だって、カズくんは、あたしの部屋で寝てるんだもの。 ちがったんだ。 と、芽衣はうなずいた。 やっぱり、まあちゃんはそんなことしてなかったんだ。 その瞬間──芽衣には、自分のいる世界全体が明るく輝いたように見えた。そのとてつもなく大きな光が、ものすごい力で芽衣をはね飛ばし……。 芽衣の意識も、そこで途切れた。 |
![]() | クーラー バッグ持っ た男の人 |
![]() | 女の人 | ![]() | スポーツマ ンタイプの 男の人 |
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![]() | 沖崎刑事 | ![]() | 押田さん | ![]() | 刑事の 1人 |