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 24:10 虎ノ門-新橋
 鳥塚弥生
(とりつか やよい)


     いつだったか、弥生は、店の床に落ちていた10円玉を松尾が拾ってポケットに入れるのを目撃した。
 落ちているお金を拾うだけなら、べつにたいしたことじゃない。だが、この人は、それを拾い上げるために靴のヒモを結び直す真似までしたのだ。
 ケチなだけじゃなく、品性が卑しい。

 そんな松尾のカネを目当てに結婚?

 ケチな男だから小金ぐらいは貯め込んでいるのかもしれない。でも、いくら金を持っていようと、ケチはケチだ。
 結婚したって、この男が財布のヒモをゆるめることなんてないだろう。妻にはギリギリの生活費しか渡さず、なのに毎日家計簿をチェックして、1円の無駄遣いでもグチグチ文句を言うような、そんなヤツじゃないか。

 何が目的なのだろう?

 なんだかいやな予感がしていた。
 早川美佳の綺麗な顔の裏側には、なにかとんでもなく醜いものが潜んでいるような気がする。

 弥生の目の前を、やたら長身の男が歩いて行った。男は、弥生の斜め前に腰を下ろしている若い女性の正面に立って何か話しかけた。その女性が、どこか緊張しているように見えた。

 もちろん、よけいなお世話だ。
 美佳は、もともと感情を表に出せない性格なのかもしれない。本気で松尾を好きになっているのかもしれない。
 ほんのちょっとのカンだけで、松尾の結婚話を案じてやるのもばかげているし、第一そんな義理もない。
 よくわかってる。

 しかし、弥生は気になって仕方がなかった。
 つい、チョンチョンと松尾の腕を肘でつついた。

「松尾さん、どこで知り合ったの?」

 え……と、松尾が弥生のほうに顔を向けてきた。
「うまくやったじゃない? 彼女美人だし。どうやって知り合ったの?」
「いや……その、偶然っていうか」
 頭に手をやりながら、松尾は照れて言う。その彼の向こうで、美佳がこちらに視線を送ってきた。

「偶然? どんな?」
 えへへ、と松尾が笑った。笑いながら、美佳のほうを振り返る。美佳は、その松尾に小さく首を傾げてみせた。その仕草に、松尾の表情がさらに崩れる。

 計算してる……。
 美佳の仕草が、弥生に確信を持たせた。
 自分の表情が男にどんな効果をもたらすかを、美佳はちゃんと計算している。無意識に出た仕草ではない。すべて計算尽くなのだ。彼女が水商売の世界に入れば、すぐに大勢の客がつくだろう。

「松尾さんのそんな幸せそうな顔って、はじめて見たわ」
 言うと、松尾はいっそう表情を崩し、えへえへ、と頭をかいた。

「置き忘れたおカネを、届けてくれたんですよ」
「……おカネ?」
「ええ。ベンチにおカネの入った封筒を置き忘れちゃったんです。そしたら、この美佳さんが走って追いかけてきてくれて、忘れ物ですよって」
「…………」

 照れて、しきりに頭をかいている松尾を見返しながら、弥生は、なにそれ……と、思った。

「やめてくださいって、言ってるじゃないですか!」

 突然、悲鳴が上がって、弥生はその声のほうへ目をやった。
 先ほどの、斜め前に座っている女性だった。自分の前に立っている長身の男を睨むように見上げ、男のほうは彼女の声にたじろいだ様子で左右へ目をやっていた。


 
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    若い女性

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